米原市長岡にある「常喜家」(じょうきや)は、明治43年から続く歴史ある和菓子屋です。そこで働く常喜貴子さんは、4代目社長で夫の誠さんやご家族と共に、新しい商品を生み出しながら地元に愛されるお菓子を作り続けています。今回は貴子さんに、誠さんとの出会いや常喜家の魅力についてお話を伺いました。
和菓子との出会いと結婚
貴子さんは大阪府出身。小さい頃からお菓子作りが趣味で、ブラマンジェやプリンなどの洋菓子をよく手作りしていたそうですが、中学生のときに偶然和菓子に興味を持ったそうです。「こどもの日に、ふと“柏餅を手作りしたい”と思いたって、地元の商店街の和菓子屋さんに餡子を買いに行ったんですが、その餡がとても美味しかったんです。それがずっと頭に残っていて、高校生になってアルバイトをするときに、そのお店に応募しました」
そのアルバイト先の和菓子屋で出会ったのが、現在の夫である常喜誠さんでした。誠さんは実家の常喜家を継ぐため、専門学校を卒業してから和菓子屋に修行に来ることになったのです。二人は親しくなり、高校を卒業後にすぐに結婚。誠さんの修行が終わって実家に戻ることになり、貴子さんは20歳をすぎた段階で米原に引っ越すことになりました。
米原で暮らすためにわざわざ自動車免許を取得するなど、当時の米原は貴子さんが生まれ育った大阪と大きく違ったといいます。「義理の両親に、『引っ越してきた当時の私は“米原には31アイスクリームがない”と言っていた』と言われたことがあります。“学校帰りによく立ち寄っていた店がない”というのが印象的だったのだと思いますが、当時の私にとっては大きな変化だったんだと思います」
子育てと仕事の両立
その後、子宝にめぐまれ、貴子さんは子育てをしながらお店を手伝っていくことになります。「義母が本当にやさしく、“全部子供優先にしたらよい”と調整してくれたおかげで、何も苦労はありませんでした。子供の具合が悪い時は途中で帰らせてもらったり、保育園の送迎のために早めに仕事を切り上げさせてもらったり、いろいろと調整してもらいました」と貴子さんは話します。その上で、お菓子の製造や会計や接客など、お店の業務は義理のお母さまから教わったそうで、とても感謝しているとのことでした。
新しい和菓子の開発
常喜家では、3代目(現会長)が得意とする「薄皮饅頭」、「天野川螢もなか」、「伊吹太鼓饅頭」などの伝統的な和菓子を大切にしながら、4代目社長の誠さんが新しい商品開発にも意欲的に取り組んでいます。誠さんは修行先でパイに餡子を包む技術を習得し、米原の特産品を餡に練りこんだミニパイ「まいばらがいっパイ」を開発。かぼちゃ、紫いも、安納いも、ブルーベリーの4種類を展開し、店の看板商品となっています。また、誠さんが大好きなチーズケーキを和菓子で再現した「チーズ饅頭」も開発し、こちらも人気商品の一つとなっています。
このほかにも、誠さんはたくさんのお菓子を開発しており、年々レパートリーも増えていっているそうです。「先代から引き継いだお菓子に加えて、自分の作った新しいお菓子も増えて、仕事量は増えていると思うのですが、夫はいろんな味を作るのが好きだからこそたくさんの商品が続いているんだと思います」と貴子さんは話します。
こだわりぬいた餡作りが強み
貴子さんは、誠さんの卓越した餡作りの技術は、和菓子店の大きな強みだと話します。和菓子には決まったレシピがなく、小豆も種類や収穫時期によって水分量が異なるため、繊細な調整が必要です。修行先の社長からも“餡炊きの素質がある”と評価されていたという誠さんは、これが非常に得意だといいます。また、餡に果物を練りこむ際には生地とのバランスを考え餡の作り方を変えたり、どら焼きや最中など作る菓子の種類に応じて糖度や触感・硬さを調節した餡を使い分けたりと、こだわりを持った餡作りをされています。「微妙な違いなのですが、お客様でも気づいてくださる方はいらっしゃいます。“常喜家の餡子がおいしい”と褒めていただけるとうれしいので、お声がけいただいたら、その都度社長に報告するようにしています」と貴子さんは教えてくださいました。
山東地区での暮らし
出身の大阪とは違う山に囲まれた自然豊かな山東地区での暮らしを、貴子さんは心から楽しんでいるといいます。嫁いで来てからは、この場所を離れたいと思ったことはないそうです。その中で、特に3匹の愛犬のお世話は、貴子さんの癒しのひとときとなっています。「空気の澄んだ朝、犬たちと自宅の近くを散歩に行きます。山に囲まれて静かな山東を歩くのは、私にとってとても落ち着く時間です」
お家でまったり過ごすのが好きなインドア派の貴子さんと、釣りや友人との外出を楽しむアウトドア派の誠さん。性格は正反対ですが、お互いの領域を尊重しあいながら仲良く過ごされています。「“犬を飼いたい”と相談した時も“あなたが大変じゃなかったら良いよ”と夫はすぐにOKしてくれました。私も夫の外出を快く送り出しています」と貴子さんは話します。
家族三代で受け継ぐ店の味
現在、お店の経営には娘さんが加わり、普段の製造業務に加え、ワークショップの講師も担当しています。社長仕込みのお店自慢の餡を使った生菓子づくりのワークショップは、小学生程度のお子さんを中心に世代を問わず人気で、最近ではまちづくりセンターから依頼を受けて開催することもあるそうです。「ワークショップに参加していただいたお子さんが、後日お母さまと一緒に来店し、娘に『先生ありがとう』と声をかけてくれたこともありました。宣伝はあまりしていないですが、口コミで広まり、参加してくださる方が増えてうれしいです」
まだ決まっていないことも多いといいますが、「いずれは子供たちに事業を引き継げたら」と貴子さんは話します。「やっぱり常喜家の餡はとてもおいしいので、なくなってしまうのは寂しいです」
貴子さんは「これからも地元に寄り添いながらお菓子を作り続けるのはもちろん、常喜家の味を和菓子に馴染みがない若い方にも届けていきたいです」と話します。
これからも地元で愛される和菓子屋として、家族で店の味を守りつつ、新しいことにも挑戦していかれることでしょう。